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なんとなく

2009/1/14 クライマーズ・ハイを見て。

今日、クライマーズ・ハイを見た。堤 真一主演のJALの御巣鷹山の事故を扱った日本映画だ。
クライマーズハイとは、クライミングの最中に興奮状態が極限まで達した結果、恐怖感が麻痺してしまった状態のことを指している。
以前にも、同じタイトルの、佐藤浩一主演の映画を見た事があるが、はるかに今回の映画の方がすごい。
本当の事故を扱った映画だし、出演者のかなりの人達が実際の事故の報道を体験しているに違いない。

私は、昔から飛行機、船、飛行場はかなり好きで、探究する事に興味が尽きない。
偶然にも、この123便で知り合いをなくしている。当時、記事で犠牲者のリストを見ていた時、偶然にその名前を発見した。
まさかと思ったが、調べてみると私の知り合いだった。その時から、この事件を追いかけるようになった。
まず、4人の生存者がいたと言うことも有、その人達はどの辺に座っていたのだろうと思い、座席表が載っている週刊サンケイを買った。
すると、助かった人は、ほとんど最後尾付近に座っていた人たちだった。
私の知人は、後ろから5〜6列前の右側の窓際に座っていたと座席表に載っていた。

その後、色々報道されたが、結局は圧力隔壁の修理ミスにより穴があいた事によって、旧減圧が発生し、それによって尾翼が吹っ飛び、4本のOILラインが全て使えなくなったのが原因、と言う事になった。

数年前から、ネット上の123便の書き込みをチェックするようになった。さらに、関連の本を4冊買い、内容を調べた。
又、事故の時に最初に現場に到着した横田基地所属の米軍のC120輸送機のナビゲーターが、アメリカで退役した後、10年経ったので、と言う事で、新聞に当時の自分の目撃談の事実を発表した。これにより、とんでもない事がわかった。
彼の話の内容で、一番ひっかかった事がある。沖縄から横田基地へ帰還しようとしていたクルー達と、米軍厚木基地からのヘリが21時ごろ(事故の約2時間後)に現場に到着し、ヘリからまさに人がロープで下に降りようとしていた。その時自衛隊と連絡がついたので基地に帰還せよ、と言う命令を受けた。その直後、日本の航空機が現場に1機到着したので「この現場を渡したよ」と無線連絡をしたが、応答がなかったと言っている。しかし、何もしないで帰って来いとの命令なので、その場を去ったと言っている。
今、ヘリから下に降りる所だと横田に言っても、いいから戻れと言われたらしい。
しかも、その元ナビゲーターは、こう言っている。
21時ごろ現場を発見し連絡がついて航空機が来ていたにもかかわらず、救助が始まったのは翌日の朝からだった。
米軍兵は言っている。何故8〜9時間も経過した後にやっと救助が始まったのかと・・・。

映画の中でも、それをこう表現していた。地元消防団員:「もっと早けりゃなぁ、あと2〜30十人は助かったのによう。」「だってこの辺は、
俺達の作業場みていなもんなんだよ〜」と。

次回に続く

とにかくこの事故に関しては、調べて行くと妙な事がたくさんあり、何とも不思議だ。
映画の方は、人同士のやり取りが面白く、怒鳴りあいながら仲間をも出し抜いて行く様子が実に面白い。
しかも、タイトルが山に関しての言葉なので、ストーリーにシンクロさせながら一の倉沢の衝立を登るシーンが出てくる。
ここは、技術的にもむずかしい岩場で、何人もの人が亡くなっている。

Jun/05/2009

BS Hi でYSL(イブサンローラン)のドキュメンタリーを見た。2008年に亡くなった彼の事は何一つ知らなかった。
フランスの植民地だった、アルジェリアで生まれたことも。アルジェリアにはおろか、アフリカには行った事が無いが、歌にも歌われた・・・
「ここーは地の果てアルジェリア〜」
ゲイだった事も。彼が独立する前に、C.Diorが亡くなった後、Diorのデザイナーを務めていたことも知らなかった。

このドキュメンタリーで知った色々な事がある。アルジェリア独立戦争で徴集された後、精神的に異常をきたし、精神病院で治療を受ける。
Diorから解雇された後、自分のブランドを立ち上げる事になる。

初めて黒人モデルを使った事も驚異的なことだ。仲良しだった黒人モデルのナオミキャンベルも、彼の口利きでヴォーグの表紙を飾った。
又、僕も好きなカトリーヌドヌーブは今でもYALの広告塔である。
ピカソやマチスやモンドリアンの絵を、服にしてしまう彼のアイディアはすごい!又、男のスーツを女性のファッションにしてしまったのも彼だった。引退後は、モロッコのマラケシュでゆっくりと過ごしたと言われている。
今では一部を残し、イタリアのグッチグループに買われてしまった。ファッションと化粧品は今や、グッチ対ヴィトンの戦いであると言えるかも知れない。
又、見ていて番組はとても説得力を持って訴えてきた。それはナレーターの話し方と声の力が大きかった。何と、声の主はピーターだった。途中、彼の功績を数々と魅せられている間、何回も涙がこぼれた。人を感動させられる事が出来る、と言うのは素晴らしいことだ!