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イングマール・ベイルマン映画祭 その12003/06/21〜07/04

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【もだえ】原題dHets(熱病)1944

とある公立高校。学生はなんの変哲もない学生生活を謳歌しているが、ただ一つ、カリギュラとあだ名される語学教師のとにかく執拗ないじめに皆辟易している。彼の授業が恐ろしいばかりに胃に穴をあけたりする学生もいれば、彼の醜さをあざ笑うことでやりすごそうとする生徒もいる。
主人公は純粋な恋愛を夢見るまっすぐな青年で、カリギュラの理不尽な仕打ちに対しても不器用に対抗してよけいに目を付けられていた。
青年は、売店の売り子と恋に落ちる。彼女はひどくなにかにおびえているが、その理由をおしえてくれない。また、彼女のふまじめな素行を知り、たった一人を愛することを理想とする青年は恋に絶望して彼女をつきはなしてしまう。
一方、カリギュラは青年に対する攻撃の手をゆるめない。しかしカリギュラは哀れな表情で告白する。「私は病気なんだ…皆に嫌われ一人になるのが怖いのだ…」そうかと思えば掌をかえしたように、容赦なく青年に罵声をあびせるカリギュラ。
青年が彼女との和解を期待して部屋へ行くと、そこには彼女の死体がのこされており、物陰にはカリギュラが動けずにいた。「私じゃない!私がきたときには既に死んでいたんだ!…」
彼女を脅かしていたのはカリギュラだったが、死因は不摂生と飲酒によるもので殺人ではなかった。青年は校長の前で彼の罪をあばこうとするが、教師になぐりかかったことで退学になってしまう。
体面を気にする父親とも決別し、同級生のにぎやかな卒業式を横目にみつつ、なんの希望もないまま彼女の部屋で無為に日々を過ごす青年。それでも友人や周囲の人の誠実なの助言により、徐々に希望をとりもどすのだった。

…というあらすじ。結局なんなのかといえば、おぼっちゃんの青春ストーリーなんだけど(…多分)、「カリギュラ」の特異な性格というかキャラクタがとにかく際だっていて、最後にはこの人が愛しく見えてくるくらいだった。ぼっちゃんはどうでも良い。ただのぼっちゃんなので。大筋は確かにぼっちゃんの成長の物語なんだけど、ここにこのカリギュラが配置されたことの意味というのは、正直よくわからない…。青年の物語にしてはカリギュラの存在感が大きすぎるし、カリギュラの異常性の物語にしては、ラストのサワヤカさが腑に落ちないの。
でもやっぱりカリギュラの為の物語だと、私は思うよ…思い出されるのは彼のことばかりなり。異常っていっても、授業で生徒のあげあしとっていじめる、というくらいのもので、結局犯罪者でもなんでもないんだけど、人を人と思わない尊大な態度で闊歩するかと思えば、自分の弱さをさらけ出して愛してくれと懇願する様は、ただの、どうしようもないあたりまえの人間の姿を最も愛しく表現しているのだと思った。うーん、忘れられん。
でも「カリギュラ」ってなんなのか、実はよく分かってない私であった。


【第七の封印】1956

海辺に、男が2人横たわっている。十字軍の遠征から、疲れ果てた体をひきずって帰路につく騎士とその従者だ。騎士が目を覚ますと、「死」が待ちかまえていた。騎士は「死」にチェスの試合を申し込み、試合に勝ったら見逃してくれるよう頼む。騎士はとっくに生きることに疲れ果てていたが、まだ知りたいこと---神とは、救いとは一体なんなのか---があったのだ。「死」は承知した。「死」は騎士のゆく先々でその姿をちらつかせ、たわむれにチェスの試合を続けては運命からは逃れられないのだと騎士を追いつめる。
騎士はある村で、悪魔と通じた罪で火あぶりにされる少女に出会い、問う。「悪魔に会わせて欲しい。悪魔ならば、神が一体なんなのか知っているだろう」「悪魔にはいつでも会える。私の瞳の中にみえるでしょう」「…見えない。私の姿しか。」少女の妄想なのか、謎かけなのか。少女は火にかけられ、虚空になにかを見つけたまま焼かれていった。
騎士は、目に見えぬなにかを信じた少女が理解できない。また、疫病は神が人間に下した罰だと、自らの罪をただ嘆き狂信的に行進してゆく人々を信じられない。そんななか、行程を共にする旅芸人一家とのひととき…車座になってものを食べ、歌い、自然やこどもの生命力を感じるのが、彼の心のなぐさめになっていた。
騎士は「死」の気配を感じながらも、とうとう妻の待つ自分の城へ帰ってきた。疫病のため、使用人は逃げ出していた。平和なはずのその日の晩餐に、「死」が追いついてきた。神の不在を騎士は嘆き、この世になんの意味も見い出さぬ従者はふてくされたようにあきらめ、この世の苦しさから逃れたい女は「終わり」をほほえんで受け入れた…

途中、道程を別にした旅芸人は、鎌と砂時計を持ち丘のうえをゆく「死」をみつける。「死」のうしろには騎士や従者、旅を共にした人々がつながれ、ひきずられるように歩いていた…

あー、むずかしい。あらすじってむずかしい。
私フィルタのあらすじなので、あんま信用しないように…
これ…こういう映画があるんだ!とびっくりして、夢中になりました。面白い!
死に神かっこいい!!
旅芸人一家が、ほんとに平和ですんごくカワイイ。オシリまるだしの子どもとか…。罪も死も知らない、よせつけない純粋さがすごく救いのような気がした。最後まで迷い、悩み続ける騎士はうっとおしいけど、でも至極まっとうな悩みなんだよな…人がどうしようもなく苦しむときにけして助けない神を神といえるのか?神はなんのために存在するのか…??
対照的に、旅芸人の男はある特殊な才能があって、その純粋な心のせいか、人がけして見ることのできない、美しいものを見ることが出来る。この男はきっと、神がどうの死がどうの、運命がどうのと考えたことはないんだろう。自分が生まれたときから世界は美しくて、愛する妻と子どもがいて、日々の仕事や食い扶持には困るけれども、生きてるだけで幸せ!こういう人には、「死」も手を出せないのかなー。

だからナニ、という結論のない結末。悲劇的で救いが無いようにも思えるし、人がなにを言おうが悩もうが、生も死もそこにただあるだけ、というからっぽな真実を提示してるだけにも思える。自分の視点を、騎士に据えるか旅芸人に据えるか、はたまた「死」に据えるかで、まったく見え方の違ってくる物語だと思った。
私?私は旅芸人になって諸国を旅したい、と思いましたよ。

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