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老人のための残酷童話/倉橋由美子

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サイコーに貧乏なときに、本屋でこの本を見つけた。一瞬だけ躊躇したけど財布に帰れるだけの電車代が残るのだけ確認してレジへ。それくらい最優先に手に入れたい人の新刊。
…お金がないと食べてけないけど。魂にも食べ物は必要なんだもん。

「大人のための残酷童話」はもう20年前だそうな。…20年まえに「あんなの」書いちゃうなんて、ホントあんたすげーよ。そんで平成のこの湿気たご時世に、「老人のための」なんて銘打てるなんて、サイコーにかっこいい。昔からかわらない一本気を見せてもらった、てかんじ。本人も年をとってきてるはずなのに、それを一切感じさせない新鮮な感性…いや、この人は30歳になった時点で「老人として生きる」ことを宣言した人なのだった(「毒薬としての文学」より)。全てを見通すために、醜悪で汗くさい「性」から逃れることを選んだのだ。その時から、この人に見えているものは変わっていないんだろう。きっと、30年前に見えていたものを発表するのに、30年待ったというだけのことなのかもしれない。

 

る老人の図書館

年齢も性別も定かでない老人が、巨大な図書館を征服してゆく。
読むことを食事になぞらえ、「読み続けていないと生きていけない体質に」なった老人。
「読んだものを使って執筆でもなさっているのですか」
「書くと言うことが何に当たるのかよくわかりませんが…それは食べて消化したものをまた吐き出して他人に食わせるということになりますか。それがものを書くということなら、私はそんなことは一切やりません。」

…ものすごい事を吐く人だ。倉橋由美子と言う人は。ここまで「書く」ということを否定してみせた「書き手」も他にいないだろう。「書き手」が「書く」ことは醜悪だ、と言ってのける。究極の矛盾、ジレンマを抱えているようで、でも彼女自信は涼しい顔をしている。「私の書くものは排泄物ではない」という至高の確信があるのか、はたまた彼女には何もないところから人々の欲しがる宝物を生産する手だて〜錬金術のような〜を持っているのか。
いやそうではなく、常に「書き手」である自身を呪い、苦しみながらあえて恥辱をさらしているのだろうか。
前者であって欲しい。けど真相は、明らかにならなくてもいい。
「書き手」はそれを、秘していて欲しい。

物語の最後には、なにもかもが無くなってしまう。図書館も、老人も。結局読むこと、そして書くことでは何も残らない。読むことは、それ以上でもそれ以下でもない、「読む」ただそれだけのための行為なのだ。

 

捨山異聞

老いるというのはここまで醜悪なことなのか…。「女」のまま「鬼」に成り得た嫁が奇跡のように美しい。欲望を発露させるのは得てして醜いことが多いけど、ここまで美しく、艶めかしく欲望を実行できるのなら、私も早く鬼になりたい。

 

を欲しがる老女

「神」がインターネットで同時多発的に世界中に出現できるようになった、というのはすごくわかりやすくて面白い。キリスト教徒には容認しがたい設定だと思うけど。自己増殖を始める様は「リング」みたいスよ。
「神」の定義がちょっと見もフタもない…人民の救済とか善悪とかちっとも気にしないところが「それでいいの?!」と思うけど、でも結局の所そういう存在なんだよな「神」って…。宗教って人間が作ったモノだけど、宗教と関係なく「神」がいるとしたら、こういう人(?)なんだろーな、と変に納得。でもスプラッタ。

 

いらくの恋

タイトルから、ほんのり切ない日向の物語を想像すると、痛い目をみるよ。
倉橋由美子が「恋」を書くと、こうなる。というより、こういう出会いこそが「恋」と形容されるべきなのだ、と納得してしまう。だとすれば、私たちが普段あちらこちらで拾ってくるのは「恋」でもなんでもない、砂場の遊びのようなものに思えてくる。危ない危ない。

悟りを求めるのはばかばかしい、肉欲を否定して何になる…ひたすらに交わり続ける老人と盲目の美女。「欲」のためというよりは、そうすることが使命や修行であるかのようだ。その使命の先には何があるのだろう…「恋」や「運命の出会い」を知らない私たちは、目に見える結果を示されないことには理解できないし、頭で何か結論をひねりだそうとする。何か素晴らしい世界?解脱?悟り?2人が抱き合う理由はそういった貴いことのような気もしながら、でも実は血みどろの地獄をかたわらに感じてぞっとしたりもする。
分からない。しょうがない。普通私たちに「生まれる前から決まった運命の女」は用意されていない。
だからこそ「恋」に憧れるのだ。

 

妖女

これは解釈のしかたが別れてくるお話…完璧な美と若さをどうやってだか手に入れた老女が、いつしか人々に害なす存在になってしまう。憎しみも理由もないけど、人の命を奪う。奪いたい、という欲求があるわけでもない。そこに存在するから、息をするのと同じに殺してしまう。
ころされる方はたまったもんじゃないんだけど…あり得ない美しさを手に入れた女はその時点で既に「人間」ではなくなってるんだろうな。それを「仙人」と表現していたけど。

実際にはあり得ない。想像したところで、憧れたりもしない。けどもあえてそれを小説で表現するのは何故なんだろう。完璧な世界、体現された理想。奇跡のような、けれでも結局理解出来ない現象を、あえて私たちが読むことの出来る文字で提示してくる。なんだか、試されてるんだろうか。なにを、とは言えない…
ものすごく、動揺する、揺さぶられる小説。

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