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えと
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「癒す」ということ |
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映画の話
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久しぶりに珍しい体験をした…言い方ヘンやな。 宮本輝「春の夢」 。あんまり数は読んでないけど、何冊かは名前で選んで読んでいるから好きな作家なんだと思う。古本屋で買う時は特に予備知識もないし、何も期待しない、ひまつぶしになればいい、という程度だったんだけど。 癒し系っつー言葉がわしゃキライじゃ、というのはなんべんも言うてることですが。まず「系」ってなんだよ…てのと、こういうハヤリの言葉でなんでもくくってなんとなく分かった気になってると、それ以上人間は考えることをしなくなるというか。曖昧な言葉で、よりたくさんの人と同じ感覚を抱く、という幻想が、ひどく退廃的で、不健康なことに思える、というのが主な理由です。 何を言ってるかというと、「春の夢」を読んで、舞台であるちょっと昔の大阪の雑踏の温度や、主人公の逡巡や、路地裏の鼻につく匂いとか恋人の柔肌とか…そういった様々の情報を読みとり、自分の五感で感じて作品を追体験する、久しく使ってなかった脳みそがフルに活動して、ほんとうに悦びを感じているなぁ…と実感することは、まさに精神を癒す作業だなぁ、と思ったのでした。 単純に、本を読んだのが久しぶりだからかもしれないけど、でも心は本当に感動して、平穏に、満たされて眠りに就いたのでした。そういう出会いが一体なんどあるかしらん(結構あったりして…)。 「癒す」というのは、傷ついたものを元にもどす、足りなくなったものを何かで補う、という作業であると思う。そうしてやっと、今よりも、よりよくなれる、できるのだと思う。だから今よく言われてるように、なんとなく気持ちよかったり、なんとなく忙しい日常を立ち止まってみたり、という、うっすい使い方されてると、うっすい言葉に思えてきてイヤんなっちゃうんだけど、本当は、受け身の作業ではないと思うのだ「癒す」って…。自分で考えて考えて、感じて、理解して、はじめて安心を得られることだと思う。そういうアクションなしに得られる安心って、やっぱ「うっすい」もんやと思う。 「春の夢」の主人公を追体験してそう思ったし、読み終わってものすごく清々しい気分になれて、新しい血が巡っているようにも感じた。今は某芸人でアタマいっぱいやと思ってたけど、意外とそうでもなく、ちゃんと他のことにも感動できるんやな自分、とも思ったし。第3の目が開かれた感じ。ウソです、すんません。 2004/02 |