パイザの韓国旅行記

韓国武昌浦・馬耳山旅行記2

~武昌浦海水浴場から馬耳山登山へ~



01武昌浦海水浴場のバンガローから馬耳山へ

 早朝にちゃんと目覚めることができるかどうか心配だったのだが、それは全くの杞憂だった。バンガローの朝は早く、ワイワイとしている声で自然と目が覚めてしまったのだ。

 時計を見てみると7時を少し過ぎたところだった。バスは7時10分、8時20分とあったから後者に乗ることができる。まあまあのタイミングだろう。早速、出発の準備をと思ったのだが、纏めるほどの荷物はなく、すぐにでも出発できる状態だった。とは言え、顔を洗うくらいはしておこうと思って部屋を出てみると、既に何組かの家族連れたちがバンガローの中庭で朝食の準備をしていた。カセットコンロなどを持ち込んで、部屋先で料理を始めているのである。これは騒がしいはずだ。そして、その料理の臭いが鼻をくすぐる。キャンプ料理と言うと日本ではカレーとか豚汁あたりが定番だと思うが、こちらは各種チゲのようだ。要するに韓国式のスープである。コチュジャンの臭いがたまらない。音よりも先に臭いで目覚めてしまうところだった。

 料理を作っているお母さん方を横目に見ながら、一番奥にあるトイレに向かう。そこで用を足してから歯を磨いた。朝日がまぶしく、目がくらみそうだった。今日もいい天気のようだ。吹いてくる風は日中の暑さに比べると随分マシな方だったが、今日も厳しい暑さになるのだろうなという予感がした。そして、それは全くもって正解であると後ほど実感することになるのである。

 ところで、昨日、「このバンガローに決めておきなさい」とアドバイスしてくれたおばさんが気になっていたのだが、おばさんの家族が泊まっていた部屋はシンとしていて、人気が感じられなかった。もしかしたらもう出発したのかも知れないし、あるいは靴を部屋の中に入れて、全員眠っているのかも知れなかった。出掛けに挨拶したいなと思っていたが、どうやら無理のようだ。世話になってしまったのに、そのまま立ち去るのはなんだか気が引けてしまうのだが、これは仕方がない。しかし、こういうのはチャンスというのがあって、昨日の段階でやっていくべきだったのだ。後悔しても仕方がないが、今後、気をつけなければならない点だろう。バスの時間が迫っていたので、後ろ髪を引かれる思いながら、一礼だけして立ち去ることにした。











02バスで大川へ行こうとするが、またしても

 バンガローを出て幹線道路まで戻り、昨日バスを降りたところまで歩いていくと、既にバスがその場所に止まっているのが見えた。予想通りだ。8時20分発のやつだろう。このバスに乗ればテチョン(大川)まで行くはずだ。

 バスの前まで行くと、なんとドアが開け放たれたままで、運転席には誰もいなかった。乗り込んでみたところ座席も無人で、一瞬間違ってしまったのかと言う錯覚に陥ってしまう。でも、道路に止まっているので、単に休憩しているわけではないだろう。ドアも開いていたわけだし。と思いながら、運転席の斜め後ろに座る。ここに場所を確保しておけば、大抵の問題は解決できるからだ。

 しばらく待っていると運転手が戻ってきて、席に飛び込むように座った。若い男だった。運転手が戻ってきたところで、念のための確認を行ってみた。

「すいません。あの、これテチョン(大川)に行くバスですよね。8時・・・20分発の」
 念のための確認だったのだが、運転手の答えはまたしても想定外だった。
「いや、直接は行かないね。このバスはウンチョン(熊川)行きなんだよ」
「え? テチョンには行かないんですか?」
「そうだね。行かないね」


 これは参った。あの自動販売機に手書きで書きなぐられた時刻表には「ウンチョン-テチョン」と書かれていたはずだ。もしかして、ウンチョン乗り換え、ということだったのだろうか。と言うようなことが一瞬で頭の中をグルグルした。

「急ぐのかね?」
「え? まあ・・・」
「じゃ、このバスに乗って途中で乗り換えればいい。下りる場所はおれが教えてあげるから」
「そうですか・・・。お願いします」


 韓国の田舎を旅するときは、この「乗り換え」というのは重要になってくる。すでに巨済島などで経験しているので、特に不安はなかった。とんでもないところや、バス停の見当たらないところで降ろされることもしばしばなのだが、相手はプロだ。ここはプロに任せてしまうのが、賢明なのである。因みに急ぐかどうかを聞いてきたのは、乗り換えした場合、ムチャンポ(武昌浦)→乗り換え場所、乗り換え場所→大川とバスを2本乗ることになるので、直行便に比べて料金が倍になることを心配してのことだ。直接行きたいのであれば、次のバスか、次の次のバスかに乗るしかないというわけなのだが、たいした額でもないし、短期旅行者にとって時間は何物にも換えがたいのである。

 しばらくすると一組の若いカップルが乗り込んできたが、結局追加の乗客はその二人だけで、私を含めた3人の乗客を乗せたバスは、ゆるゆると出発したのである。

 バスは昨日通ってきた道を正確になぞりながら進んでいった。十数時間前に見た風景なので、脳裏にまだ焼き付いて、「そうそうここを通ってきたな」と思いつつカバンからノートを取り出して、旅の備忘録を書いていたところ、突然、運転手から声がかかった。

「テチョン行きのお客さん、ここで乗り換えて!」

 予想していたところよりも随分早く声をかけられたので、一瞬反応できなかった。あ、私のことだ。反射的に頭を上げて窓から外を見てみると、そこは例によって単なる道端のようなところに見えた。

「イェー」(はい)

 私はノートをしまう間もなく立ち上がり、運転手にお礼を言ってふらふらと出口に向かう。まだ、頭の整理が出来ない。とにかくここで降りなければという思いで飛び降りると、バスはあっという間に走り去って行ってしまった。さて。




まずは武昌浦海水浴場から移動



これを見る限りでは大川まで行くと思うよな

03韓国田舎でのバス乗り換えの基本

 道に一人取り残されてしまって、少し寂しい気分になってしまった。本当に田舎の何もない道の道端だった。道の両側には一応、建物が建っていたが、それ以上形容することが難しいくらいの何の変哲もない道だった。少し先には石細工の店があるらしく、灯篭やら巨大石像が並んでいるのが見えた。その先には信号があって、T字路が見えた。その先は田んぼだった。遠くには山が見えた。道にはバイクと耕耘機が大きな音をたてながら走っていた。以上だった。

 そしてもう一度、「さて」と一息ついてみた。こういう何もないところに降ろされるのは慣れている。あたりをもう一度見回してみると、一人のおばさんが道端に立っているのに気がついた。おばさんは柄物のシャツに七分丈カジュアルパンツ、パーマ頭に赤い網目バックを後ろ手に持っていた。どう見ても地元の韓国おばちゃんだ。ということは、そこがバス停かと思ってみると、その道端にバス停看板がさりげなく設置されているのが見えた。なるほど。これは分かりやすい。表示がきちんとあるだけで、もう十分すばらしいことなのだ。

 念のために、そのおばさんに話を聞いてみると、「テチョン(大川)行きのバスに乗りたいのなら、ここで待っていればいい」ということだった。これはありがたい情報だ。そこでしばらく待っていると若い女性と男性が現れ、バス待ち人の人数が増えてきた。今までの経験からすると、地元の人が増えてきたところでバスが現れるというパターンだったのだが、今回もその例に漏れず、程なくしてバスが現れた。

 あわてて乗り込もうとバスに近づくと、バスの頭に「プサ」と書いてあった。あれ、違うのかと思ってさっきのおばさんの顔を見ると、「そりゃ、プサ行きだよ。テチョン行きとは違うね」と言われてしまった。そうか。しかし、プサってどこなんだよ!と思って地図を取り出して調べてみると、武昌浦(ムチャンポ)よりも南の地域だった。危っぶねー。危うく逆戻りするところだった。そしてさらに待っていると、今度は「テチョン(大川)」と表示されたバスが現れ、おばさんとともにそのバスに乗り込んだのである。時刻は9時前だった。ウンチョン-テチョン間は頻繁にバスが運行しているようだった。

 バスは昨日、武昌浦(ムチャンポ)に向かって移動してきた道を正確に逆戻りして保寧(ポリョン)市内に戻り、大川バスターミナルへと到着した。予定通りだった。



おばさんの奥にバス停表示がある
このレベルの田舎に置き去りにされても、ビビッてはいけない
今、バス停の表示を見てみると「クウンチョン」となっていて
おそらく「旧熊川」ではないかと想像される
「ウンチョン(熊川)の旧市街」ってところなのだろうか?


よく見ると、大きな教会もありました


04大川 → 全州 → 鎮南 新記録達成

 ターミナルのチケットブースで、ダメ元で「ヂナン(鎮安)行きはありますか?」と聞いてみたところ、やはり「チョンジュ(全州)で乗り換えてください」という返答だった。しかし、これは想定内だ。言われるままにチョンジュ行きを購入する。7,600ウォンだった。10時ちょうど発なので、まだ40分ほど時間があった。朝から何も食べていなかったので、ここで朝食をとることにして、近所のプンシクの店に駆け込み、ネンミョン(冷麺)を注文した。4,000ウォンだった。キムパプに並んで、韓国に行ったら一度は食べたくなってしまう食べ物なのである。それに、一人で食べる場合でも注文しやすいということで、旅行中は何度もお世話になってしまうのだ。

 食事が終わってターミナルに戻ってみると、チョンジュ(全州)行きのバスが既に到着していた。急いでトイレをすませて乗り込んでみると、ほぼ満席の状態になっていた。しかし、一番前の席は人気がないらしく空いていたので、そこに座ることにする。一番前の席は、事故に遭ったときに死亡率が高いので韓国人は避けたがると聞いていたが、やはりそうなのかなと思ってしまう。

 バスは間もなくブルルルンと出発し、ソチョンに一度停車しただけで、あとは走りに走ってチョンジュ(全州)バスターミナルに到着した。時刻は11時50分を指していた。所用2時間弱というところであろうか。なかなか順調な感じだ。

 バスを降りてすぐにターミナルの切符売り場に走る。チョンジュは大きな街なので、切符売り場も大きかった。ブースがたくさん並んでいたが、その中の一つに飛び込んで切符売りのお姉さんに話し掛けてみた。

「マイサン(馬耳山)に行きたいのですが」
「それなら、まず、ヂナン(鎮安)に行って、乗り換えてください」

 やはりそうだった。
「イェー(分かりました)」と言うと、お姉さんは「12時出発ですがよろしいですか?」と聞いてきた。残り10分切ってるな、OK! 再び「イェー」と答えると、お姉さんは「3,300ウォンです」と言いながらポンポーンとチケットに印鑑を押してこちらに差し出した。お金を払う。時間がない、ダッシュだ!

 バス乗場に走っていくと、バスが大量に並んでいた。さすがチョンジュのバスターミナルは大きい。しかし迷っている暇はない。係員っぽい服装のおじさんを捕まえてチケットを見せながら、「12時のヂナン行きですが、どこから乗るんですか?」と聞くと、あっちあっちといいながら教えてくれた。そのブースに体を滑り込ませ、教えられたバスに乗り込んだ。チョンジュでの乗り継ぎ時間は5分強といったところか。新記録かな、と思った。

 バスの行き先表示板には「ジナン(鎮安)⇔ジャンス」と書かれていた。ジャンス?またまた知らない地名の登場だったが、あまり気にしないことにした。係員がジナンに行くというのだから、行くのだろう。それでいいのだ。

 バスは間もなく出発し、ジナンに向けてまたまた走り出した。しばらくぼーっとしていたのだが、高速道路を降りたあたりで、遠くに特徴的な山の形を見ることが出来た。馬の耳の形をしている。ほほ。あれが、マイサン(馬耳山)か。遠くにあるので上のほうしか見えないのだが、その形は十分に変わっていた。非常に尖った形で天に向かって突き上げるようにそびえ立っているのである。なるほど、これなら観光名所になるのも分かる気がする。何か人を引き付けるものがあるからだ。バスはさらに進んで市街地の中に入って行き、ベージュ色の建物の中に吸い込まれていった。ジナン(鎮安)のバスターミナルだった。




テチョン(大川)-チョンジュ(全州)乗車券
まずは全州に移動



チョンジュ(全州)バスターミナルの切符売り場に着いたよ



あの変わった形の山が「馬耳山」なのか?!

05ヂナン(鎮南)バスターミナル

 バスを降りると、あまりの暑さに頭を殴られたような気がした。夏の日差しが容赦なく照りつけていて、空気は極限までに乾燥しきっていた。埃が舞い散り、息をするのが苦しく感じられるほどだった。空気に薄い赤味がかかっているのではないかと感じるほどである。先ほどのチョンジュとはどこか違っているように思えた。

 ターミナルの中に入って、まずは「マイサン(馬耳山)の観光地図」がないかどうか売店のおばちゃんに聞いてみたのだが、おばちゃんは困惑するだけで「ない」という回答だった。登山地図がないのはかなり痛手だった。以前、地図なしでプッカンサン(北漢山)を登って苦労したことがあるので、ぜひとも手に入れておきたかったのだが。しかし、観光案内所らしきものもなく、地図を入手することは出来なかった。しかし、マイサン登山の玄関口であるにもかかわらず、地図がないというのはどういうことなのだろう。もしかしたら、チョンジュ(全州)あたりで入手しておかなければならなかったのかも知れない。これは困った。

 仕方ないので、とりあえずマイサン行きのバスの時間を確認しておこうと思って時刻表を見てみると、次の便は13時10分と13時20分にあるようだった。しかし、10分違いで2本あるなんて、なんだか不思議だなと思った。この時点で違いについてちゃんと聞いておけばよかったのだが、そのときはあまり疑問にも思わなかった。結局、この違いは後ほど判明することになるのであるが。

 しかし、地図はなんとか手に入れておきたかったので、先ほどの売店のおばちゃんに「本屋の場所を教えてくれ」とお願いして場所を聞いた上で街を歩いてみたのだが、おばちゃんに教えてもらったところにあったのは、貸し本屋だった。炎天下の中を歩いて移動したのだが、全くの無駄骨に終わってしまった。しかし、これは仕方がない。とぼとぼとターミナルまで戻って、休憩することにした。暑さでいささか疲れてきたからだ。

 ターミナルに戻ってみると、出口のドア付近に立っている一組の老夫婦が目にとまった。なぜ目にとまったかというと、見た目からして明らかに「日本人」だったからだ。

 韓国を旅する多くの日本人が感じることかもしれないが、韓国人に混じっていても、日本人はなぜか分かってしまうのだ。服装の違い、振る舞いの違い、その他雰囲気など、いろいろな要素があるとは思うのだが、なぜか見た瞬間に分かってしまう。その老夫婦は、別に日本語を喋っていたわけではないのだが、明らかに韓国人ではなかった。

 思い切って声をかけてみると、やはり日本人の夫婦だった。話を聞いてみると、もう何回もマイサンに来ているらしい。なぜ、マイサンに?と思ったのだが、すっかり気に入ったからのようだった。そんなにいいところなのだろうか?
 しかも、この老夫婦はツアーではなく、自力で来ているとのことだった。そんな人もいるんだな、という感じがした。世の中はまだまだ広く、私はまだまだひよっこなのだろう。

 その夫婦は13時20分のバスに乗る予定だという話だったが、私は1分でも早く行きたかったので、13時10分のバスに乗ることにした。老夫婦とはそこで別れることになった。



鎮南バスターミナル


ターミナル前の道 鎮南一番の大通りらしい


ターミナル内部 韓国おばちゃんが旅情を誘う

06馬耳山を登り始める!

 13時10分のバスに乗り込み、マイサンに向かう。
 しかし、20分ほど走ったところで登山口に到着してしまった。予想外に近くて驚いてしまった。ヂナンは最寄りのターミナルなので、当たり前といえば当たり前なのだが、今まで1時間・2時間のバスを乗り継いできたので、感覚が狂ってしまっていたようだ。

 マイサンの登山口は普通の駐車場だった。サンバイザーなどを売る露天が並んでいる。たくさんの観光客でワイワイとしており、ここが有名な場所であるのが改めて実感できる。人の波について歩いていくと、おみやげ物を売っている売店もいくつか見えてきた。なかなかの賑わいだ。そして、その建物横に「馬耳山道立公園観光案内図」という大きな地図が設置されているのが見えてきた。おお、山全体の地図じゃないか。これは写真に撮っておかねばならない。

 その地図を見てみると、今、自分がいるのは「南部売票所」というところらしかった。そこからマイサンに向かって道が伸びていて、マイサンの二つの耳の間まで行ってから山を下って「北部売票所」を通過し、その下の駐車場まで道は続いていた。大体の位置関係と距離感はわかるのだが、どれくらいのアップダウンがあるのかは、その地図からは読み取れなかった。それに、マイサンの根元まで行って戻ってくるのがいいのか、そのまま「北部売票所」まで抜けるのがいいのかも、これでは判断できなかった。やはり事前の情報収集が足りないようだ。

 そう言いながらも、観光客たちがぞろぞろ登っているので、「分からなくなったら聞いたらいいや」という気持ちで登り始めることにした。これだけ人がいるんだから、何とかなるだろう。ケセラセラなのだ。

 観光客について登っていった道は、両側に並木を揃えたアスファルト舗装道路だった。しかもかなり緩やかな勾配で、あまり山を登っているという感じではなかった。小金井公園かどこかをピクニックしているのと同じような感覚である。道の横には、所々に冷えた水やアイスクリームを売る露店が並んでいる。家族連れ達はそこに止まっては買い食いし、止まっては買い食いをしていた。なかなか楽しそうな感じだ。

 その他、本格的な建物での売店、飲食店などもあり、そこにも多くの観光客が集い、食事をし、楽しんでいた。その中には子供を載せるバギーを持ち込んでいる人や、車椅子の人までいたので、かなり上の方まで(もしかして全行程?)道が緩やかなスロープでかつ舗装されているのだろう。ますます山登りという雰囲気ではなくなってきた。

 しかし、しばらく登っていると、緩やかに見えていた勾配が、ボディーブローのように効いてきたのである。やはりこれは山登りだったのだ。見た目的には勾配はそれほどでもないのかもしれないが、なんと言ってもダラダラと距離がある。夏のもわっとする空気も容赦なかった。それに、私は全荷物を担いだ状態で歩いていたのだ。バックパッカーの荷物はそう多くはなかったが、それでもそれなりの重さがあった。本をいっぱい買うんじゃなかった、と思ったが後の祭りだった。このまま北部までぬける可能性がある以上、荷物を預けるのは後々の行動を制限してしまうし、これは何とか乗り切らなければならなかったのである。

 さらに歩いていくと、突然、視界が開けて大きな湖に出くわした。湖上にはスワン型のボートがいくつも浮かんでいた。なるほど、こういう観光地もあるんだと思った。でも、今の私の状況にはあまり関係のないことだった。そばにいた人に写真を一枚撮ってもらって、再び前進することにした。

 そこからさらに進んで登り始めて30分ほどしたところで再び視界が開け、道路の舗装もなくなって砂利の広場に出くわした。どうやらマイサンの片方の耳の根元に来たらしかった。ここまで休みなしで登ってきたこともあって、かなり疲労感が高まってきたが、目的地の一つに到達したことで、少しばかりではあるが体が軽くなったような気がした。しかし、炎天下の登山なので、気を抜くわけにはいかない。

 砂利の広場には車が何台か止められており、ここまで車で上がってくることが出来るようだった。そこから広場の中に進んでいき、マイサンの「耳」の根元まで進んで見上げてみると、見事なまでに岩で出来た山だった。穴ぼこだらけの岩で、所々に小さなお地蔵さんのようなものが掘り込まれているのが見える。しかし、根元から見てみると、その耳は意外なほど小さく感じられた。この大きさのものが、あんなに遠くから見えたのだろうか? そんな感覚だ。それとも、遠くから見えたものとは別物なのだろうか。いろいろ考えてみたが、よく分からなかった。そこからさらに進んでいくと、お寺の建物が見えてきて、その奥に石塔群が見えた。石を延々と積んで出来た山のようなもので、これが噂の「タプサ」(搭寺)のようだった。



バスから見えた馬耳山


馬耳山の南部売票所


馬耳山道立公園 観光案内図 【クリックで拡大】


登山というよりはピクニックだ!


馬耳山の根元に着いたらしい


07すばらしき景観 タプサ(塔寺)

 この「タプサ」の石塔を文章で説明するのは、なかなか難しいかもしれない。多くの観光ガイドに紹介されているのでご存知の方も多いと思うが、これはひとりの人物(イ・カプドン氏)が、途方もない時間をかけて、丁寧に石を積み上げて作った一つの芸術作品ともいえるものなのである。

 簡単にいえば、石を積み上げて作った塔なのであるが、その大きさと高さと数が、およそひとりの人間が積み上げて作ったという限界を大きく超えているのだ。これは見事だ。見事としかいいようがない。

 階段を上がって石積みに近づいてみると、思ったよりも大きな石が積まれているのが分かる。本当に積んでいるだけなのか不思議になるくらい丁寧に積まれており、それを遠くから見ると一つのオブジェになっている。全体と個が見事に融合しているということなのか。まるでジョルジュ・スーラの点描画を見ているようだ。石塔のフォルムも太い胴回りから急激に細くなり、ほとんど円柱のような細さで天に突き刺さるように伸びている。この形も独特だった。少なくとも、私は今までこのようなフォルムを見た記憶がない。

 この石塔群の奥には寺の木造の建物が見えていて、その後ろ側まで道が続いているようなので、ゆっくりと登っていく。両脇に石塔が間近に見えて、観光客たちは盛んにシャッターを切っていた。そして、石塔に関する解説などの看板も立てられている。「薬師塔」の解説には、「この塔は向かって左側に若干傾いているが、右側の岩壁から出てくる陰気運が強くて、横に傾いて立っている」などと書かれており、ここまでくると若干オカルトが入っているなと思ってしまう。日本でも触るとご利益があるというような仏像があったりするから、同じようなものではあるが。

 さらに奥に行ってみると、行き止まりになっていた。そして振り返ると、先ほどの石塔群を裏側から見ることになった。先ほど登ってきた階段や道が見える。これはこれで、なかなかの風景だった。そして階段を降りようとしたとき、ヂナンのバスターミナルで会った日本人夫婦が上ってくるのが見えたのである。

 早速挨拶をする。彼らは反対側の「北部売票所」からこちら側まで来たとのことだった。なるほど、絵にもあるとおり、このタプサ(搭寺)あたりが中間点ということになるのだろう。この先の道を聞いてみると、ここからはしばらく急な坂道を登ることになって、頂上からは逆に急な坂道と階段を下りることになるらしい。距離的には北部からの方が近いけど登りがきついので、時間が少しかかるということだった。つまり、山登りの本番はこれからということなのか。

 それで、休憩がてらさらにいろいろな話をすると、この夫婦は80年代から韓国に通い始めたとのことだった。これは大先輩だった。私が韓国にはじめて行ったのは1992年だったので、5年から10年は先んじていたということだ。ビザも必要で、1980年の光州事件の興奮が冷めやらぬ世の中。全斗煥が大統領をしていた時期(在任:1980年-1988年)だ。このころから比べると、この国は劇的に変わったはずなのだが、それを見てきたということなのだろう。私自身も90年代を通じて変わっていく韓国という国に目を奪われた口だが、それを大きく上回っている。
 その夫婦とは挨拶を交わし、私が運営しているHPのことなどを話した後、分かれることとなった。




タプサ(塔寺)


少し寄ってみた


建物の裏から登ってきた道を見る


08薬水

 タプサ(搭寺)から反対側の「北部売票所」までの道のりは、地獄だった。とにかく今までの緩やかな勾配とは打って変わって、険しい坂道が待ち受けていたからだ。もちろん、くだんの夫婦の話を聞いていたので、それなりに覚悟は出来てはいたのだが、実際に登ってみるとかなりきつかった。荷物を置いてくれば良かったと何度も思ってしまった。少なくともヂナンのターミナルには戻るはずなので、あそこのコインロッカーに入れておけばよかったのだ。などと考えてみても、今さらどうにもならない。どうにもならないが、考えずにはいられなかったのだ。

 夏の日差しはさらに容赦なく降り注ぎ、バックパックと背中が触れ合う部分がびっしょりと濡れているのが分かる。立ち止まっては進み、立ち止まっては進みという形になってしまった。とにかく向こう側に抜けるのだ。そしてゆっくり時間をかけて登りきり、頂上のようなところに出てきた。見たところ、先が下りになっているようなので、とりあえず山登りはここまでだろうと思った。崩れこむように座って休憩した。

 しばらく休憩してからあたりを見回してみると、「ヤクスト」(薬水場所)という案内板が設置されているのが目に入ってきた。「ファアムクル」(火岩窟?)という名前だ。ヤクス(薬水)・・・か。韓国人はヤクスが好きだな。そう言えば、山に来ると大抵このヤクスがある。日本語にすると「薬用効果の期待できる湧き水」といったところか。ちょっくら行ってみるかと思って看板の方向に歩いていくと、そこには細い「登りの」石段が設置されていたのである。

 そこでしばし立ち止まってしまう。登りか。登りなのか。しかし、ここまで来て登らないのはもったいない気がしたので、気合を入れて登ることにした。
 その道はとても細く、そしてもろかった。登る人と下りる人が交錯して、なかなかうまく進めない。登る人も多かったが下りる人も多く、うまく交差できないのだ。それに端の方は崩れやすくなっているようで、あまり端の方にも行けない。苦労しながら登っていくと、大きな岩の割れ目があり、その奥に水がたまっていているところがあり、みんなが並んで水を汲んでいた。私も列に並んですくって飲んでみる。ううむ。いいとも悪いともいえない感じだった。




ヤクスト(薬水場所)への階段


薬水の出る岩の亀裂


09馬耳山山頂から北部売票所へ そして全州へ

 山頂まで戻ってさらに下っていくと、程なくして「北部売票所」らしき物が見えてきた。お店と駐車場が現れたのだ。どうやら日が暮れるまでに下りることが出来たようだ。どのくらいの時間で縦走できるのか、全く情報を持たずに来たのだが、なんとかなったようだった。駐車場手前の階段上にマッコルリを売っているおばさんがいたので帰りのバス情報を聞いてみると、「真っ直ぐ下り切って、駐車場のおくの藤棚のところでバスに乗れる」ということだった。言われたとおり行ってみると、藤棚に人だかりが出来ていた。トイレも横にある。なるほど、ここが「北部売票所」のバス乗場のようだった。

 乗場がわかれば、あとはバスに乗るだけだ。一旦、売店街に戻ってアイスクリームを買って食べながら藤棚へと向かった。時刻は15時50分だった。13時30分から登山を開始したので、所用2時間20分。ちょっとしたハイキングというところだろうか。夏の暑い時期に重い荷物を背負って登ったので息が切れてしまったが、春や秋に軽装で登るのであれば、気軽に登ることのできる山なのではないかと思った。

 藤棚に戻ってみるとバスの時刻表があったので時間を確認してみる。すると、ここ北部売票所からのバス便は、かなりの本数が出ているようだった。しかし、よく見てみるとヂナン行きではなくて、チョンジュ(全州)行きのバスがほぼ30分おきに運行されていた。1日に16本もある。それに対して、「ナンブ-ヂナン」(恐らく南部売票所経由 鎮南行き)は、1日に5本しかない。なるほど。ここからダイレクトにチョンジュ(全州)に行けるとはラッキーだ。これは、夏季のみの特典なのかも知れないが、荷物を南部売票所やヂナン(鎮南)のバスターミナルに預けなくて良かった。重い荷物を背負って歩いてきた甲斐があったというものだった。少しくらいは報われないと、ぐれてしまうところだった。

 少し待っていると16時10分発のバスが来たので乗り込む。座席がほぼ埋まるくらいの客が乗り込んだところでバスは出発した。
 さて、これからどうするかだ。チョンジュ到達予定は17時過ぎなので、今日のうちにどのあたりまで移動するかというのと、明日、どこに行くかを決める必要がある。明後日には釜山に行っておかなければならないので、明日の観光はいずれにしても釜山周辺である。ただ、私には今日の観光が早めに終わった場合、行きたい場所が既にあった。それは「マグムサンオンチョン(馬金山温泉)」だった。

 マイサン(馬耳山)にマグムサン(馬金山)とは、「馬」繋がりとも言えるのだが、特にそれを意識したわけではなくて、今回の旅が「海、島」から始まって「山」と来たので、最後は「温泉」で締めたかったのだ。ただそれだけの理由だった。韓国の一人旅は、結婚した身ではめったに出来ないこともあるし、韓国の山奥の温泉にぜひ行っておきたかったのである。
 そう思って、釜山近郊の温泉をいろいろ思い浮かべてみたのだが、「馬金山温泉」かなぁ、ということだった。前に一度本で読んだこともあったので、妙に頭に残っていたというのが、一番正直な答えかも知れない。
 そうと決まれば、チョンジュから出来るだけ「馬金山温泉」に近いところまで移動したいところだ。テグ(大邱)かマサン(馬山)あたりか。とにかく行けるところまで行くということにしよう。そう考えながらバスに乗っていると、予定通りの17時過ぎにチョンジュ(全州)に到着した。



さらば馬耳山


北部売票所のバス乗り場(藤棚)


これぞ馬耳山という風景


10全州からさらに大邱へ移動

 チョンジュ(全州)のバスターミナルに着いて、時刻表を見ながらこれからの行程を検討する。結果、到着予定時刻も考えてみて、今日のところはテグ(大邱)泊というのが妥当のように思った。というのも、チョンジュ-テグ間が3時間かかるようで、次の18時20分発に乗ったとしても、テグ到着が21時20分になるからだ。ここで宿泊だろう。
 チケットブースでテグ行きを発券してもらい、バスに乗り込む。あとはバスがテグまで連れて行ってくれる。そう思うと眠くなってしまい、そのまま眠ってしまった。そして、気がつくとバスはテグのターミナルへ到着していた。時計を見てみると21時30分だった。さて、今日の旅もここまでのようだ。

 しかし、ターミナルを下りてみて、ここが「テグのどこなのか?」がさっぱり分からなかった。テグには前に来たことがあったのだが、そのときのターミナルとは違っていたからだ。いろいろ見てみると、どうやらここは「西部ターミナル」と呼ばれているところのようだった。ま、テグを観光するわけではないので、どうでもいいことなのだが。重要なのは、ここからマサン(馬山)にちゃんと行けるかどうかだったが、時刻表を見ると始発が朝の6時で、30分間隔で運行されているようだった。上等だ。

 移動の心配がなくなったところで、付近のPC房に駆け込む。残念ながらここは日本語化が出来なかったのだが、「馬金山温泉」についての情報を入手することが出来た。ネットの情報によると、「馬金山温泉」へは、「馬山市外バスターミナル/チャンウォン駅から21-1、21-2、21-3、90、90-2、390番の路線バスを利用。馬金山温泉観光地下車」ということだった。おっしゃー。これで完璧だ。あとは寝るところの確保だ。

 ヨグアン(旅館)を探すのは、そう難しいことではなかった。ターミナル近辺には必ずヨグアン街があるからだ。コンビニで食料を調達したあと、適当に見繕ったところに入り、値段を聞いてみる。するときれいな部屋なのに20,000ウォンだった。安い。速決まりで宿泊する。
 コンビニで買ったものを食べながらテレビを見ていると、また眠たくなってきたので、ざっとシャワーを浴びて寝てしまう。明日は温泉だ。


(韓国武昌浦・馬耳山旅行記2 了) 2005年8月15日



全州バスターミナル 大邱へ移動する


今日のお宿です(大邱の旅館)


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