子供連れケニア・サファリ旅行記5 アンボセリ・サファリ編(その5)

(2007.4.7〜4.21)
アンボセリ国立公園で午後のサファリ・オブザベーションヒルを堪能



01マサイ族の村 訪問を終えて

 アンボセリ・セレナロッジに戻るってみると、時刻は11時40分を少し回ったところだった。つまりマサイ村を訪問していたのは行き帰りの道中も併せて2時間足らずだったということになる。しかし、このマサイ族との交流は、ケニア旅行が他の旅に比べて現地の人との触れ合いが少なくならざるを得ない状況だけに、短い時間とはいえ貴重な体験となった。

 ゲーム・サファリで動物を見るのも、もちろんすごくエキサイティングなことなのだが、現地の人との触れ合いが全くないのは寂しいものだ。「人との触れ合い」が旅の醍醐味の一つであるのは間違いないところで、「作られた感」が少なからずあったとしても、この訪問は我々家族を十分にインスパイアしてくれたのである。



02食事の問題がそろそろ表面化・解決模索

 部屋に戻るためフロントを通り抜けたところ、「ジャンボ!」と声がかかったので「ジャンボ!」とかけ返す。この挨拶にも、もう慣れてしまった。娘も「ジャンボ!」という言葉を覚えてしまった。これがリゾート的なのか、アフリカ的なのかは定かではないが、日常を離れているという実感を抱かせてくれる。そして、フロントに続いてレストラン横を通り過ぎようとすると、今度はごく控えめに「ジャンボ!」という声がかかったので、声を返すと、その声の主は食堂前に立っているボーイだった。どうやら昼食の用意が出来ているようで、部屋に戻る前に軽く済ませたら効率的だなと思った。
 しかし、ロッジでの食事が続くこともあり、あいにく親子ともどもあまり食欲旺盛な状態ではなかったのである。娘の海パダは、元気ではあるが日本にいるときと比べると、はるかに少ない量しか食べていないし、連れ合いのさんちゃんも食べるペースが明らかに落ちていた。私はというと、胃が少々もたれ気味。「消化のスピード」を「食べるスピード」が上回っている感じだった。

 ケニアに来るまでは飛行機の中に缶詰になっていたし、ケニア・アンボセリに来てからの一日の行動を振り返って考えてみても、「食べている」「サファリカーに乗っている」「寝ている」の3種類でほぼ完結していて、そのほかの行動は極端に少なかった。ほとんど運動していないわけだから、食欲がないのも当たり前なのだ。しかし、あると何かしら食べてしまうという悲しい性、せっかく来たのだから食事を楽しまなきゃという妙な切迫感、元は取らなきゃというような貧乏人根性などによって、自業自得ながらこの胃もたれは如何ともし難いものがあった。少なくとも、親は栄養を見ながら食事の量を落すタイミングに来たようだ。

 でも、娘は栄養のことなど考えずに、好きなものだけを少量食べるという状況になっており、パンばかりでなく、少ないなりに何か栄養のあるものを食べさせておきたいと思った。そう思って並べられている物を見ていると、バナナが置かれているのに気がついた。これはいい。

 娘の海パダは、食欲があまりないときでもバナナはよく食べていたのだ。要するに好物なのだが、栄養もあるし、これがきっかけで他のものも食べるようになればいいと思って与えてみると、案の定、パクパクと食べだした。まずは一安心と言うところだ。基礎的な栄養はバナナで取れると思うし、これをきっかけに、いろいろ試してみることが出来そうだった。ピザとか、食べそうなものをいろいろ試してみよう。

 一方、連れ合いのさんちゃんはというと、調理コーナーでニンニクたっぷりのパスタを作ってもらったそうで、それが口に合ったのか、明らかに昨日とは進み具合が違っていた。昨晩も同じパスタを「ニンニクなし」で作ってもらったらしいのだが、これがかなり不味かったらしい。「何かが足りない」と思ってニンニクを足してもらったら、これが当たりだったそうだ。

 調理コーナーは、作られたものが並べられているバイキングとは違って、好みによっていろいろテイストを変えることが出来る。ビュッフェタイプの食事でも、どこかにそのようなコーナーが設けられていることが多いのだが、これは積極的に利用したい。朝食であれば、スクランブルエッグとかオムレツとか玉子料理を作ってくれることが多いので、知っている方も多いだろう。でも、辛くしたいとか、ニンニクをたっぷり入れてほしいとか、こちらのリクエストはしっかり伝える必要がある。まごまごしていてはダメだ。そのためには、自分の好みの味を知っておくことも、案外大事なのかもしれない。彼女の場合のキーワードは、ニンニク、唐辛子、ごま油などであろう。彼女の表現を借りると「これでのどを通る」である。やはり、韓国人とニンニクは素敵な関係のようだ。












ケニアの地図

03ケニアの気候変動を考える

 食事を済ませたあと、娘がプールに入りたいと言い出したので、用意をするため、一旦部屋に戻ることにする。しかし、レストランから外に出てみると、外の天気は先ほどまでの照りつけるような暑さとは打って変わり、雲がたくさん出て日が陰っていた。そして妙に肌寒さを感じさせる状態ですらあったのだ。「雨でも降るのか?」この短時間での変化に驚いてしまったのだが、これがアフリカの気候なのかもしれない。

 しかし考えてみれば、今、我々が訪れている4月の上旬は例年だと雨季の真っ只中で、一日に一度はスコールがあっていいはずなのだ。一般的には3月から5月までを大雨季、11月〜12月を小雨季と呼んでおり、一番雨が降りやすい季節ということになる。

 でも実際のところは、ほとんど雨の降らない状態が続いているそうだ。雨季に入るのが1ヶ月以上ずれていることから、ケニアではかなり心配されているようで、ガイド兼運転手のピーターさんも「温暖化の影響か?」と表情も曇りがちだった。ピーターさんにとっては、天候が良い方がサファリもしやすいし仕事の見入りもいいはずなのだ。しかし、このままの状態が続けば長期的には野生の王国そのものが崩壊しかねないわけで、それどころの話ではなくなってくる。マサイ族の生活を脅かしている気候変動は、サバンナ地帯そのものを砂漠へと追いやりかねない危険な状況を作り出しているのだ。キリマンジャロに降る雪も、何年かすると観測されなくなるという予想も出ているらしい。

 出来れば耳を塞ぎたくなる話なのだが、その原因を作り出しているのは我々先進国の「ヤツラ」の可能性が大であり、その被害をもろにかぶるのは、ほとんど二酸化炭素を排出していないケニアの部族たちなのだ。なんとも皮肉な話だ。その話を聞く度に、なんともいえない気分になる。先ほどまで見てきたマサイの暮らしも、確かに樹木を伐採することによる砂漠化促進に手を貸している部分はあったのだが、我々とはけた違いにエコな暮らしをしていた。私は彼らの生活を興味深く観測して楽しんだのと同時に、自分の生活をもっとエコロジーにしなければという強い思いもまた得てきたのだ。まだまだ足りないなと、実感させられた。

 もちろん、この気候変動が「二酸化炭素の排出による温暖化」によるものかどうか、科学的に証明されたものではなく、短期的な気候変動の範疇に入っているのかもしれない。何もかも温暖化のせいにするのも、逆に問題ではある。しかし、それはそれとしても、エコに生活しなければ、という姿勢はそれを超えて必要なものだと感じた次第なのだ。

 しかし、雲がたくさん出てきたのは、いい傾向なのではないか。サファリを楽しむ立場からすると出来れば雨は降ってほしくないというのが本音なのだが、一方で雨季に雨が降らないは自然の摂理に反する。降るべきものは降ってもらわねばならないのだ。


 


 サバンナ サバナ?
「サバンナ」と一般に呼ばれることが多いように思うが、netで見てみると、「サバナ」というのが本来らしい。
サバナ(地理) wikipedia

では、サバナ気候がどんなものかというと、

 ・一年の間で雨季と乾季がはっきり分かれている
 ・気温の年較差は少ない
 ・乾燥に強い樹木がまばらに生える草原
 ・土壌は主にラトソルや赤黄色土

などの特徴があります。(出典 wikipedia)

では、「ラトソル」って何?とお思いの方が多いのではないかと思われますが、wikipediaによると、以下のように解説されています。(ラトソル=ラテライト)
「無機質の酸化物にとんだ赤土である。雨季に有機物が流失し、乾季に水分の蒸発によって鉄分、アルミニウム分などが表面に集積されて形成される。」
ラテライト(ラトソル) wikipedia

赤土には、理由があったんですね!!
04アンボセリ・セレナロッジのプール

 部屋に戻って娘を着替えさせると、ものすごいはしゃぎようだった。「プール!プール!」と連呼して、まともに着替えさせてくれない。何とかいなしながら水着を着せてあげて、自分も水着に着替える。こんなに雨が降らないのにプールとは、とてつもなく罪作りな気がしてならなかったし、「エコ」ではないのかも知れないが、ここまで気にしていては楽しむものも楽しめない。エコは日本に帰ってから普段の生活で、と心に誓いながら得意の「バチャバチャシート」に空気を入れて、二人で繰り出した。連れ合いのさんちゃんは部屋で片付けなどをすることになった。

 因みにバチャバチャシートとは、パンツをはかせるタイプの黄色い子供用浮き輪である。もともとはお風呂で親が頭を洗っているときなどに子供を浮かばせておく、といった目的もあって購入したのだが、これが意外に使えて、プールに海に大活躍だった。セブでも、シンガポールでも、ドバイでも、グアムでも、水のあるところには必ず持って行った、いわば歴戦の勇士である。しかし、子供の成長によって、おそらく今回が最後の使用となるのではないかと思う。娘が使うには小さくなってしまったのでドーナッツ型をした普通の浮き輪に移行しなければならない。親としても、そういうものひとつひとつが、郷愁を誘ってくれる。成長したなと言う感慨と手元においておきたいと言うワガママが交錯して、何ともいえない気持ちになるのだ。男親が娘を見つめる視線は、常にそういったものなのかも知れないが、なかなかコントロールが難しいところだ。

 アンボセリ・セレナロッジのプールは、庭の一角にあるひょうたんのような形を小さなものである。ひょうたんの先が階段状になっていて、ゆっくりと入ることが出来る。そして、一気に深くなり、くびれたところよりも先はかなり深さに出来ているという按配だ。

 しかし、プールに着いてみると、親子連れが一組泳いでいるだけで、ガランとしていた。淡いブルーに塗られた水底の色が水面に映り、風が細かい波を作っていた。少し肌寒い感じがするし、この状況で泳ぐ人はいないのかもしれない。しかし、せっかく来たのだから水に入ろう、と思って足をつけてみると、ビックリするほど冷たかった。思わず足を戻してしまったのだが、娘はそんなことはお構いなしで、一挙に腰のあたりまで入ってしまった。「冷た〜い!」と言いながらも顔は笑っている。私も小学校・中学校の水泳部出身で「冷たい水」には慣れていたので、娘に続いて水の中に入った。ひえー。冷たい。しかし、しばらくすると体が慣れてくるから不思議だ。そのままバチャバチャシートに乗せた娘を押しながら一番深い真中あたりまで泳いでいく。このあたりまでくると、私でも足が届かない。バチャバチャシートをもってクルクル回してあげると、大喜びだった。体をひねりながら回転させると、高速で回せるのである。しかし、何回もやっているうちに、こちらも目が回ってきたので、一旦浅いところに戻って来て休憩してまた深いところに、と繰り返していたのだが、だんだん寒くなってきたので、部屋に戻ることにした。この冷たい水に長い間入るのは、娘の小さい体にも負担になる。

 プールから上がると、娘は小刻みに震えていた。やはり、このあたりが限界のようだ。娘を抱えて横にあるシャワー室に駆け込んだのだが、なかなかお湯が出ない。待っていても仕方ないので、水気を急いでふき取ってから急いで部屋に戻った。部屋のシャワーは問題なくお湯が出たので、連れ合いが急いで浴びさせてから、服を着替えさせた。そして、疲れも考慮して、ここで昼寝をすることにした。家族3人でごろっと横になったところで、3人ともいびきをかきながら眠ってしまったのである。




アンボセリ セレナロッジのプール
プールではしゃぐ欧米人親子



海パダ
ちょっと寒かったか?
05午後のサファリに向かう

 目がさめると既に夕方になっていて、連れ合いのさんちゃんがごそごそと用意をしていた。私が行き当たりばったりな性格な分、彼女が時間管理を締めている感が強い。夕方のサファリまでは少し時間があったのだが、ここでじっくりと用意しておくのがいいようだ。

 しかし、娘の海パダが食べなくてもそれほど調子を落していないのに比べ、連れ合いは食欲がなく、体調も良くないようだった。やはり、毎日西洋料理の連続では、胃が参ってしまうらしい。とにかく脂っこい肉が多いのには閉口する。20代にヨーロッパを長期旅行したときは、「なんで日本からわざわざ食材を持ってくるのか?現地の食事を楽しめばいいのに??」と日本食をありがたがる日本人ツーリストを横目に見ながら不思議に思ったものだが、今やその気持ちが分かる歳になってしまったようだ。今日の夜は、日本から持ち込んだ食材を食べることにしよう。そう話をして、娘を起こした。

 いつものようにロッジを出て駐車場に向かうと、変わらぬ笑顔でピーターさんが出迎えてくれた。慣れた段取りで車に乗り込むと、バタンと大きな音を立てながらドアを閉めてくれる。そして運転席にピーターさんが体を滑り込ませると、車が大きく揺れた。大型のランドクルーザーだが、巨漢のピーターさんにとって、その運転席はいかにも窮屈そうだった。そしてキーを回すと、ブルルン、ガガガガガという音を立てて車全体が振動する。娘はまだ眠いのか、母親のひざの上で丸くなっていた。

 車は再びジュラシックパークゲートを通り抜け、サファリへと出発した。ゲート付近には数人のマサイ族がいて、こちらを眺めていた。マサイ族はマサイ族で、我々が珍しいと見える。その中にレシャンがいるかなと思って見てみたのだが、その姿は見えなかった。

 車は先ほどマサイ村に行った道を通り過ぎて真っ直ぐ進み、公園内へと突き進んでいく。朝とは動物の動きも違って見えるから、なんだか不思議だ。一日が終わった、というような安堵感のようなものを感じる。シマウマもヌーも、ゆったりくつろいでいるものもいれば、とぼとぼと歩いているものもいる。草食動物はお腹が一杯なのだろう。

 ピーターさんによると、今からこのアンボセリ国立公園内で唯一、車を降りて動物を見ることが出来る場所に行くそうだ。恐らくこの公園を訪れた人は必ず行くと思われる「オブザベーション・ヒル」である。小高い丘になっていて、丘の上から公園全体を見渡せるらしい。「地球の歩き方」に場所が紹介されていたので、車の進んでいる方向などを考えて位置を推定してみる。すると、思ったところに小高い丘が見えた。「あの丘ですか?」とピーターさんに聞いてみると、「そうです」と答えた。その丘は、丸みを帯びた大きなもので、平坦なアンボセリ国立公園の中では、やや浮いた感じに見えた。平地と同じで大きな木は生えておらず、禿山ならぬ禿丘であった。枯草色の絨毯に全体が覆われており、ところどころに緑色をした低い木が張り付くように点在してモザイク模様を形成していた。もともとあったところが侵食で残ったのか、あるいは隆起したのか、いずれにしても、絶好の展望ポイントだと言える。




アンボセリ セレナロッジの道
駐車場へ向かう



アンボセリセレナロッジ
ジュラシックパークゲート
06ハイエナに遭遇 そしてオブザベーションヒルへ

 丘に向かう途中で、昼寝をしているブチハイエナに遭遇する。子供のようでイメージしているよりはかなり小さかった。道路のすぐ脇に寝ていたので、車を真横に止めてみたのだが起きようとはしなかった。しばらく眺めていたら、少し目を開けて我々を見て、また昼寝を続けた。危害を加えないというのが分かっているのだろうか。前回見たときは、少し離れたところにいたのだが、今回は手に届くようなところにいる。近くで見ても、やはりカワイイ顔をしている。もうちょっと地位が上がってもいいのにと、さらにその意を強くしてしまった。

 ハイエナはいつまでたっても寝たままなので、それを後にして丘に向かう。丘のふもとを半周するように回り込みながら近づいていくのだが、目を凝らしてみると、丘の中腹に数頭のシマウマがいるのが見えた。シマウマが自由に丘を登るというのだろうか。ということは、ハイエナやライオンも?と思ってピーターさんに聞くと、「丘の上は大丈夫」と答えるだけだった。丘に登らないのは肉食動物の習性なのだろうか、と思っているうちに駐車場に到着すると、他にも数台のサファリカーが横付けされていた。大体がワゴン車で、我々と同じランドクルーザーも数台見えた。

 車のエンジンが切られて、外に下りることになった。

 もちろんロッジ内やマサイの村も公園の一部ではあるのだが、全く柵に囲まれていない公園のど真ん中に降り立つのは、今が初めてだった。そういう意味での感慨が湧き上がってくる。一歩降りてみると、台地の固さが足を伝わってきた。風が強くて、乱暴なまでに頬をなでていく。空は相変わらず曇り空で、肌寒い。空を見上げてみると、モコモコとした灰色の雲がゆっくりと流れていたので、しばし見とれてしまう。雲の位置が低い。やはりここが高地だからだろうか。そんな感慨から、ふと我に帰る。ここはサバンナのど真ん中。ライオンたちは本当に来ないのだろうか。ま、ガイドが大丈夫と言うのだから、大丈夫なのだろう。ピーターさんが「私はここで待っているから、上がって降りてきてください」というので、親子3人で丘を登ることにした。

アンボセリのハイエナ
眠そうなハイエナ

ケニア アンボセリ国立公園
サファリカーを出る
天候はあまりよくない・・・


07丘を登る、登る、登る

 丘には階段がつけられており、迷うことなく上がることが出来るようになっていた。石のかけらをコンクリートで固めたもので、一段一段の間隔を広く取ってある。それが丘の上に向かってゆっくりと弧を描きながらつけられていた。というのも、木がほとんど生えていない禿丘なので、階段がないと、どこをどう登っていいのか迷ってしまうところなのだ。そして、丘の頂上には小屋のようなものも見える。

 丘の階段以外の部分は、やはり枯草に覆われていた。しかし、思った以上に地肌も見えている。これで地肌が黒ければそれが目立つところだろうが、アフリカ独特の赤っぽい土なので、枯草の色とそれほど違和感がなくなじんでいた。その地肌からは、ゴツゴツとした石も顔をのぞかせていた。

 体育会系の娘は、ここ数日サファリカーや飛行機などに乗ってばかりで、まともに運動していないこともあってか、一目散に階段を登り始めた。我々夫婦はその背中を見ながらゆっくりと登り始める。さっきいたシマウマはまだいるのだろうか。階段のついている方に回ってくるだろうかと思いながら登っていると、娘の大きな声が響いてきた。

「おとうちゃーん、おんまー。しーしーがある!」

 「しーしー」というのは、一般的には「おしっこ」のことだと思うが、我が家では「うんこ」のことである。それは娘が小さいときに、「うんこ」と「しっこ」の区別がつかずに、いつもオシメのなかでやってしまっては、「しーしーが出た」というので、何となくそうなってしまったのだ。そして、それが定着したので、逆に「しっこ」の方を「ちーちー」と切り替えてみた。すると、これがなかなか具合がよかったのだ。親はちゃんと区別できる上に、外で大きな声で「しーしーがでた」と娘に叫ばれてもあまりはばかることなく、さっさと処理できる。いい按配だ。そして、今やこれが発展形を見せるまでになり、「耳垢」は「みみしーしー」と呼ばれるに至っている。

 「はやくはやく!」という子供に急かされながらも、マイペースで登ってみると、階段付近に黒いような茶色いようななんともいえない色の丸い糞が固まって鎮座していた。「うわ、これパダが見つけたん? すごいね」と声をかけると、得意満面だった。ところでこれは何の糞なんだろうか。ピーターさんがいれば一目で分かるのだろうが、我々親子には判断がつかなかった。しかし、未消化の草が紛れ込んでいる様子からして、それが草食動物の糞であることは確実だった。大きさからしてシマウマだろう。やはりここまで来ているのか・・・。そう思ってみていると、娘の大きな声がさらにこだました。「おとうちゃん、こっちにもしーしーが!!」声はそこから数段上から聞こえてきた。見上げると、娘がぴょんぴょんジャンプしながら指差している。またゆっくり登っていくと、同じように糞が固まっていた。こちらはさっきの糞に比べると茶色い。「なんか、色がちゃうなあ。別の種類なんやろか?」とつぶやくと、「知らんがな。私に聞いてどないするねんな」と、連れ合いにすばやく突っ込まれてしまった。

 娘はと言うと、「しーしーがいっぱい。あ!ここにもしーしーが!」とうんこを発見するのに必死だ。そして、発見する度に「あかんなぁ、あかんなぁ」とトイレでしない動物に対して、突っ込みを入れている。しかし何か楽しそうだ。この時期の子供は、うんこに対して執着があるというが、まさにそれが存分に発揮された形だ。

 うんこを観察しながらさらに登っていくのだが、肝心のシマウマの姿は全く見えなかった。というのも、我々以外の人も続々と丘を登っていることもあって、野生動物は近づいて来ないのだろう。糞はサファリの時間帯以外でされたものと想像がついた。



ケニア アンボセリ国立公園 オブザベーションヒル
一目散に登っていく海パダ

ケニア アンボセリ国立公園 オブザベーションヒル
シマウマだろ
08オブザベーションヒルからの眺め

 丘の頂上に着くと、ピーターさんの言うとおり、360度のパノラマが展開されていた。これはすごい。見渡す限りに広がる平原とその向こうにかすんで見える山。距離感が全くつかめない。これがいったいどのくらいの広さがあるのか、見当もつかないのだ。日本の場合、ここまで平原が続くことはなく、必ず近くに山があるので、その山の重なり具合やグラデーションで距離感をつかむことが出来る。私はそういうパノラマも大好きである。阿蘇の大観峰からの風景もまた絶景だったが、別の意味でこのアンボセリの広がりはすごい。張り付くように平らなのだ。トルコのアナトリア高原の風景も、恐ろしく広い空間を見せてくれたが、アンボセリに比べるとウネウネとしているところが若干違う。いずれも甲乙つけがたい絶景といえる。しかし、ここアンボセリの空は雲が多く出ており、これが快晴だったらどんな景色になっていたのだろうと想像してしまった。もっと爽快なんだろうなと思う反面、太陽に照らされた状態で丘に登るのは、これまた大変かもしれない。

 眼下には帯状の水場があり、その周りだけは青々とした草木が生い茂っていた。しかし、遠くにあるため、一本一本の木は確認できなくて、絨毯のように見えた。連れ合いは、その水場が帯状に伸びていたため、河と勘違いしたようだが、地図を見た限りでは河ではなく、キリマンジャロの雪解け水が湧き出した水場だ。この水場を目を凝らして見てみると、遠く遠くに黒い点が見えた。持ってきた双眼鏡で見ると、それは水場で遊ぶ象の群れだった。その近くにはサファリカーが数台張り付いている。これがアンボセリの日常なのだ。よく見てみると、サファリカーが通る道が網の目のように張り巡らされている。

 しかし、あまりにも風が強く、長時間留まるには大変な状況だったので、写真を数枚撮ってビデオを回したところで、下山することにした。

 因みに、このオブザベーションヒルに登った際、ケニア旅行の全行程の中で唯一の日本人を見かけた。これまで見かけることはなかったし、このあとも一切見ることがなかった。2週間以上旅行していながら、ここまで日本人に会わなかった旅は今までなかった。やはりアフリカだからだろうか。出会った日本人は、新婚旅行の夫婦のようだった。新婚旅行でアフリカか・・・なかなかいい選択かもしれない。そう思った。行動が限られているし、基本的にガイドのお任せだから、行きたいところで対立することも少ないだろう。家族旅行にもお勧めなのだが、新婚旅行先としても今後脚光を浴びていいのではと思った。



ケニア アンボセリ国立公園 オブザベーションヒル

ケニア アンボセリ国立公園 オブザベーションヒル
写真ではなかなか伝わり辛い見事さ
09午後のサファリで考える

 丘を降りて車に乗り込み、サファリを再開した。

 先ほど眼下に見えていた水場へと向かうと、そこには水牛の群れとカバがいた。丘の上からはさっぱり見えなかったのだが、思った以上に群れている。そして、カバをハッキリ見たのは、今回が初めてだった。前回は「なんとなくカバ」くらいの距離だったのだが、今度はかなり近くから観察することが出来た。湧き水の水場なのに、これだけの動物が育まれているとは、自然はすごいなと感心してしまった。と同時に、キリマンジャロの雪が消えてしまったら、このカバたちはいったいどうするのだろうか。象や水牛のようには移動できないだろうし、滅びるしかないのかと思うと、なんだかやりきれない気持ちになってしまった。そうならないことを祈りたいし、そうならないように努力しなければならない。

 水場にはこの他に、ペリカンなどの水鳥もたくさん集っていた。ピーターさんはその名前をひとつひとつ教えてくれるのだが、とても覚えきれない。記憶担当はビデオに任せて、鳥の動きを堪能することにした。

 しばらく観察したところで、サファリをしながらロッジに戻ることになった。つまり、アンボセリのサファリタイムは終了ということだ。明日はナイロビまで移動することになるので、その道すがら動物を見ることは可能なのだが、いわゆるサファリはこれが最後だ。なんだか、もっともっといたい気持ちなのだが、次への期待もある。ナイロビでは、動物孤児院を訪れて、キリンに餌付けをしたりするのだ。

 ところで、ロッジ手前で大量のホロホロチョウに出くわした。群れをなして行動している鳥で、普段は地面を歩いているニワトリのような鳥なのに、いざとなったら飛べるらしい。それに、独特の泣き声をしている。ライオンやチーターなどの肉食獣が近づいてくると、それをいち早く察知して、「ジュー、ジュー」というけたたましい鳴き声で警戒する。これが本当にうるさい。そして、その鳴き声でガゼルやらシマウマやらが、肉食獣の接近に気がついてしまうというシロモノなのである。チーターにとっては迷惑千万な鳥なのだ。私は動物園で何度か見たことがあるのだが、こういう生態だというのは、今回はじめて知ったところなのだ。今後、こいつたちには何度も遭遇することになる。

ケニア アンボセリ国立公園 カバ

ケニア アンボセリ国立公園 ペリカン

ケニア アンボセリ国立公園 鳥


10アンボセリでの最後の夜

 アンボセリ・セレナロッジの最後の夜となった。

 しかし、食欲がないこともあって、娘の海パダには部屋で日本から持参した「安倍川餅」などを食べさせてみた。お湯で戻すタイプの携帯食料だ。それに、「固形味噌汁の元」(アマノフーズ)も用意して、こちらは親も一緒に食べることにした。

 お湯はミネラルウォーターをマグカップに入れ、電熱コイルを差し込むだけで出来る。日本で買ったものも持参してきたのだが、ドバイで壊してしまったのでドバイの雑貨屋でロシア製のものを購入していたのだ。これがなかなか使えるやつで、あっという間にお湯になってしまう。そのお湯をまんべんなく乾燥餅に振りかけると、食べられるお餅になるという寸法だ。これが娘の食欲を誘ったようで、パクパクとよく食べてくれた。そして味噌汁も飲む。これがまた、腹に染み渡るようだった。味噌汁は本当に飲むと落ち着く。これは、年齢がそうさせているのかも知れないのだが、何らかの鎮静作用を持っているのではないかと思うくらいだ。あったかい飲み物、適度な塩分、鼻を刺激する味噌の香り。いずれをとっても癒し効果抜群だ。これからケニア旅行を計画されている方は、絶対に持っていきたい逸品である。以前、フィリピン・セブ島で下痢、発熱に苦しんだときも、結局のところ味噌汁を飲んで落ち着いたことがあった。体が弱っているときは、飲みなれたもの、食べなれたものがやはり合うのではないかと思う。それが我々にとっては味噌汁だということだ。体調を崩したときも、これがあると安心だ。最悪、ご飯にかけて即席のお粥のようなものも作れる。そして、特にこの「アマノフーズ」の味噌汁シリーズは最高で、他のフリーズドライ製品と比べて、味、香りその他、比較にならないくらいおいしい。このアマノフーズシリーズは、万能食材としてこれからのパイザ家の海外旅行には必ず持参されることになるだろう。

 その後、食堂に顔を出して、娘にはバナナとピザを与え、連れ合いのさんちゃんはサラダだけを食べた。私はパスタを作ってもらい、それを食べた。連れ合いもパスタを作ってもらったようだが、結局、口にすることが出来なかったらしい。ま、味噌汁を飲んでいるので、大丈夫だろうと思うが、早く回復してもらいたいものだ。

 明日は、7時30分にこのロッジを出発する。そして、旅は第二ステージのナイロビ編へと舞台を変えるのであった。



アンボセリセレナロッジの夕食
バナナ片手にご満悦



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