3号は、お腹にいるときからなかなか人騒がせでした。

切迫早産の診断が下り、2週間ばかりの入院を余儀なくされたかと思えば、

いざとなったら予定日が近づいても出てこない。

結局予定日二日前に、3840gもある、大きな赤ちゃんとして生まれました。

やっと生まれたと思えば、生後2週間で、家中が全滅したインフルエンザに感染。

NICUに入院。退院したら今度は、一月待たずに、福井から大阪へ引越し。

生まれると同時に、かなりハードなことだったと思います。


それでも、その後は特別大きな病気もせず、すくすくと育ちました。

ただ、常に体温がかなり高めだったのが、今となっては気にかかります。

お医者様にも何度か相談しましたが、気にしなくてよいといわれたこともあり、

これも個性のひとつと受け止めていました。

もちろん、それと死因に関係があるかなんて判るはずもありませんが。


まあそういう細かいことはともかく、とてもとても元気でした。

どのくらい元気だったかは、過去の日記を読んでくださっていた方は

よくご存知だと思います。

首の据わりも、はいはいも、お座りも、すべて標準より早かった。

2/1には、歩くようになって、大喜びしました。

毎日、いたずらして、お兄ちゃんたちと騒いで、とても元気でした。


その日、2/21は、前夜寝付いたのがかなり遅かったこともあり

朝、なかなか起きませんでした。

いつもはたいてい、主人が仕事に行く前に一度目を覚まし、

朝ごはんを食べてまた寝る、というパターンが多かったのですが

まあ、相当眠かったのでしょう。10時半頃、起きました。

とはいえこれも、別にないことではなく、今までにも何度もあったパターンでした。


よく寝た3号は実に機嫌よく、起きるなりからバナナや食パンをむしゃむしゃ食べ、

2号(次男)と遊び、また午後からしばらくお昼寝をし、帰ってきた1号(長男)と遊び・・・

朝がずれたので、妙な時間になったものの、

夕方4時ごろご飯とお味噌汁をこれまた2号顔負けなくらい、しっかり食べ、

ついでに赤ちゃん用のおせんべいまでバリバリ食べて遊んでいました。


私は私で、明日の3号の誕生日、どんなケーキを焼こうかなあ、

献立は何にするかなあ?グラタンだと3号も食べられるか?とか

翌日の、記念すべき1歳のお誕生日のプランで、頭をひねっていました。

それは私ばかりでなく、1号も同じで、彼は1週間以上も前から、

かわいい妹の誕生日を、幼稚園で先生や友達に吹聴していたくらいです。

その日も、3号のために一人もくもくと、雑誌の付録のお雛様を作ってやり、

それを3号に壊されても、文句を言いながらもまた作り直してやっていました。


そんな、いつもどおりの、いえ、明日の予定を考えて、

いつもより楽しかった、その日でした。


夕方、6時45分頃だったでしょうか。

3号が、眠くなってぐずりだしました。

この子は、眠いときとお腹がすいたときくらいしかぐずらない

実に親孝行な娘で、そのときもかなり眠そうな様子だったので、

寝かせることにしました。

「あーはいはい、眠いの。んじゃ寝てこようねえー」

3号は、真っ暗な部屋でしか寝ません。

しかもなぜだか、そばに人がいないほうが、寝ます。

そばにいると気配が気になるのか、寝付くのに、倍以上時間がかかります。

指しゃぶりの癖があったこともあり、(これも1歳過ぎたらそろそろやめさせないとなあ、と

思っていたところでした・・・)少し泣いて、指を吸って、寝付く、というのが

通常のパターンでした。


3号はいつも、私たちのダブルベットに寝ていました。

ベビーベットが嫌いらしく、どうしてもベビーベッドでは寝ない。

おまけに余り寝相もよくなく、おかげで私と主人は、

どちらかがベッドで彼女と添い寝、どちらかが別室で寝るというありさまでした。

川の字で寝たらつぶしそうだったので。


それはともかく、その日も、いつもどおりダブルベットに寝かせ

「はいはい、しばらくねんねしなさいね」

と私は部屋を後にしました。

キッチンで、夕飯の支度の続きをはじめました。

しかし5分くらいすると彼女が起きてきました。

眠れなかったり、起きたりすれば、はいはいも、歩くことも出来る彼女、

自分でベットから降りて、私のところへ来ます。

眠りかかったところで、こちらで騒いでいた1号や2号の声に気をとられ、

寝そこなったのでしょう。これもまた、よくあること。

「何、寝なかったの?」

まあ、それならそれでいいかとしばらく様子を見ていましたが

やはり眠いようで、泣いて怒っています。

「しょうがない。も一回寝てみる?ちゃれーんじ」

もう一度、寝室に連れて行きました。

まあこれを2,3度繰り返すと、たいてい寝てしまうので

そのときももう一度ベットに寝かせ、布団をかけました。

最近、しっかりと布団がかかってるのと、安心するのかよく寝ることもあり、

そのときもきっちりかけました。

そして、一枚布の薄いベッドカバーを、視界をさえぎる形で

かけてやりました。

それも、いつものことで、暗くなると落ち着くようだったからです。

もちろん、こんなことは、完全に身動き、寝返りが出来てからのこと。

邪魔なら自分で跳ね除けられる、そうならないうちは出来ません。

ここ一月ばかりどういうわけか、そういう形で寝るのが、気に入っていました。

「はい。これでしばらく寝なさいね。」

私は寝室を後にしました。

キッチンで聞いているとはじめは泣いていましたが、

しばらくするといつもどおり泣き声が止まり、

ああ、今度こそ眠ったなと私は食事の支度を再開しました。


そして、1号2号たちと夕食をとり、

3号が寝てるうちにと、アイロンがけをしたりしていました。

食事の進まない2号を叱咤激励しつつPCのメールをチェックしたり。

一度寝ると、いつも2〜3時間近くは眠る彼女。

ただし途中で部屋に行ったりして起こしてしまうと

とても不機嫌になってしまうので

その時も、ああよく寝てるんだなと何の疑問も抱かず、

途中で見に行くこともしませんでした。


やたらに食事に時間のかかる2号がようやく食事を終え、

お風呂を沸かし始めたのが8時半。

9時には沸くな、2時間寝れば、3号の機嫌もいいだろう。

でもちょっとお腹すいてるかな。

起こして、お腹すいてそうだったら、お風呂の前に軽く何か食べさせようか?

うーん、今日はちょっとずれたからなあ。。。

お風呂の後の着替えやタオルを用意しながら、考えていました。


「ピー」

お風呂のお湯がたまった音。

時間も9時。

「よっし、お風呂はいるよ。トイレ行きなさいよ」

1号2号に声をかけ、

「おーい、もう起きなさいよ〜。おっきだよ〜お風呂はいろうねえー」

3号に声をかけながら、廊下を寝室へと、向かいました。

「ばぶ(3号のあだ名です。名前ももちろん呼んでましたが、

「ばぶ」だの「ばぶこ」だの「ばぶちゃん」だのと呼ぶことも多く、これも本人は

自分のことだとちゃんとわかっていました。)起こすの?」

1号が私のあとからついてきて、聞きました。

「もう起こさないとねー、お風呂遅くなるし」

寝室に入りながら、部屋のライトのスイッチを押し、明かりをつけました。


ぎくりと、しました。

姿が、見えなかったから。

いいえ、後になって思えば、動きが、なかったから。

声をかけながら歩いてくれば、

必ず彼女は聞こえて、泣くなり起き上がるなりしてるはず。

布団の中にもぐりこんでることは、今までも何度もありました。

寝返りも身動きも出来るようになってから自分で這ってもぐりこむことは

何度も何度もありました。

でも、もぐりこんでいても、目が覚めれば自分ではいでて起きてきた。

寝返りも出来ないような、月齢の低い赤ちゃんではない。

上手く出れなければぎゃあぎゃあわめく。

今日は、泣き声なんか、しなかった。



ばっ、と布団をめくりました。

3号は、うつぶせていました。

寝返りできるようになってからは、どうしてもうつぶせが好きらしく、

仰向けに寝せても、いつもうつぶせになってしまっていました。

でも。

ぴくりともしない。

抱き上げました。




体は熱かった。

40度を超える熱があるかのように。

なのに。

顔色は、白く、唇が、青ざめていた。

瞳は、閉じたまま。


「・・・ちゃん?!どうしたのっ!・・・ちゃんっ!!」

左手で抱きかかえたまま、彼女の頬を軽くたたきます。

反応が、ない。

胸に、耳を当てます。

口元に、頬を寄せます。

手首に、首筋に指をあて、脈を診ます。

反応が、ない。




全身の血が、体中から抜けていくような、

いいえ逆に、沸騰するような、

わけのわからない感覚が襲ってきましたが、

とにかく、リビングに走り、左腕にぐったりした彼女を抱えたまま

電話のプッシュボタンを押しました。

「119」

そう押したいのに、手が震え、気がはやって、

「1199」

と押してしまう。ディスプレイには1199と4文字並んでしまう。

生まれてはじめて、この番号を押しましたが、

こんなに押せないものだとは思いませんでした。


はやく、はやく、はやく。

落ち着け、落ち着かなきゃ、私がパニックになってどうする!


3度ばかり、押しなおして、やっと119にかけることが出来ました。

「はい、消防ですか、救急ですか」

「救急です」

わめきたくなるような気持ちを、必死でこらえて、

住所、名前と問われるままに答えていきます。

「どうされました」

「赤ちゃんが、布団かぶってて、息してないんですっ」

このようなことを叫ぶように言ったと思うのですが・・・

正直、はっきり記憶していません。

この電話をたたききるように切って、

次は主人に連絡しなくては、と、短縮メモリの主人の携帯を探します。

うちの電話は短縮ナンバーをプッシュするのでなく

携帯でも一時期あった(今でもあるのでしょうか)

ジョグダイヤルのようなタイプの短縮電話帳です。

ディスプレイに主人の名前が出るまでダイヤルを指で滑らすのですが

こちらも気が急いて通り越したりしてしまう。

時間にすれば、10数秒のことだったと思うのですが、とても長く感じました。

「はい?」

「アナタッ、・・・が、息してないのっ!」

「は!?」

「だからっ、・・・が息してないんやって!すぐ帰ってきてっ!今救急車、呼んだからっ!」

絶叫しました。

主人の、わかったという声を聞き終わるまでに、電話を叩き切りました。


目の前にあった鞄から、財布と保険証を抜き出しました。

それと、マンションの鍵をつけてある携帯電話。

3号はぐったりとしています。呼んでも呼んでも、反応はありません。

ふ、と我にかえり3号を床に寝かせ、人工呼吸を試みました。

3号の小さな口を覆うように私の唇を重ね、

ふうーっ、と息を吹き込みました。

「くー」

小さな声が、3号の口から漏れました。

一瞬、呼吸が戻ったのかと思いました。

泣き声を、あげてくれたのかと。

でも、違いました。

吹き込んだ空気が、そのまま出てくるとき、

声帯かどこかを震わせるのでしょうか?

私には知識がないのでわかりませんが、

何度か息を吹き込むたびに、そのか細い泣き声のような「音」はするものの

それが、彼女が意識的に発する声でないことは、

ほかになんら反応のない彼女を見れば、辛くとも明らかでした。

3号の体はまだ、とても熱かった。

人差し指と、中指で、心臓マッサージもしてみました。

人工呼吸とマッサージを繰り返す私。

息を吹き込むたび、彼女の小さな胸が、空気で膨らむ。

なのに、呼気は、戻らない。


1号は、ただならぬ気配を感じていたようでじっと私と3号を見つめていたようです。

(1号の顔を見る余裕がなかったので、確認はしてません)

ただ、幼い2号には遊んでいるように見えたのでしょう、

ふざけて私にスライディングしてきました。

「お願い!やめて!・・・ちゃん、死にそうなんやって!!!」

そう口にしたことで、現実をさらに直視してしまいました。

3号の瞼を開いてみました。

瞳の焦点が、合っていない・・・


マッサージを繰り返し彼女の名前を呼びながら1号と2号に言い聞かせました。

「おかあさん、今から救急車で、・・・ちゃん連れて病院行くから。

すぐにお父さんが帰ってくるから、それまで二人で待ってて。

お願いだから、待っててね」

留守番の大嫌いな1号です。普段コンビニまで3分足らずで行って来ると言っても、

いい返事はなかなかしてくれません。

「わかった、待ってる。ちゃんと待ってる」

ただならぬ事態を、判ってくれているのでしょう。

言い終わらぬうちに、救急車のサイレンが聞こえてきました。

電話してから救急車がくるまで、多分実際は3分となかったと思います。

「ごめん、じゃ、お母さん行くから!」

そういって、3号を抱えて玄関から走り出ました。

「わかった、鍵閉めて、待ってる!」

後ろで1号が叫ぶのが聞こえました。5歳の長男に、感謝しました。



マンションの前に、救急車が着いたところでした。

彼女を抱えたまま、飛び乗り救急車のベットに寝かせました。

救急隊員の方が、人工呼吸を試みました。

「くー」

やはり泣き声のような声がもれて、救急隊の方も、泣いたと思ったようです。

でもそれが泣き声でないことは、私はわかっていました。

私は彼女の名前を呼びながら、必死で彼女の手を握っていました。

反対の手で、彼女の体をさすっていました。

まだ、彼女の体はぽかぽかと熱かったですが

握っている彼女の手が、少しずつ、少しずつ、冷たくなるのを感じました。

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